今まで見てきた絵と対局の所に位置する作品だな。水彩とクレヨンで描いてあるね。原画はどのくらいの大きさなんだろう。
  手元に来てるのはポストカードに印刷されたものだから原画の大きさはちょっとわかんないね。おそらく”うまく”描けたから親がポストカードに印刷してみたのね。
  イマドキはそういうことが簡単にできちゃうからなあ。、、、いままでは3歳くらいのコドモの絵をみてきたんだけど、ついに、ある一線を越えてしまった作品にめぐりあってしまいましたね(笑)。
  天才か、ただの人かの境界線をあきらかに越えちゃったね。今まで宙に浮遊していたモノが地面に着地しているからとても安定性があって、人としてまっとうだという点ではとても素晴らしい絵なんだけど、絵描きさんとしての狂った感性とか反社会性はすっかり失なわれていますね。
  いいお嬢さんになって、いいお母さんになって、いいおばちゃんになるんだろうなあ。
  ご両親の「こういう娘に育ってほしい」という気持ちが、ポストカードから伝わってきますよ。作者本人もちゃんとその期待に応えている。すごくまっとうなご家庭なのでしょう。コドモの狂った絵をポストカードにしてゲラゲラ笑っている親が多い昨今、ココロがホッとします(笑)。
  空の部分のムラとか、花の部分がすごくキレイだよなあ。ちょっと下のカゴを隠してみて。

ホラ、違うカンジになった。地平線とか、重力を感じるモノを画面から消すとまた違って見えるよね。カメラマンはすぐトリミングしたくなる(笑)。職業病(笑)。
  花によっての色や特徴を写実的に描いてあるから、ちゃんと何の花か見てる人にわかるんだよねえ。花の部分だけをトリミングして見ると「あたし、お花が描きたかったの〜」という、作者の心情風景なんだけど、カゴや背景まで見ると、いきなり画面全体が安定して「背景もちゃんと描かなきゃ。」という彼女の社会性のあらわれになる。。
  絵ってトリミングひとつでいろいろ様変わりするからなあ。「ひまわりをうまく描きたかった」というコメントから推察するに、最初彼女をつきうごかしたのはひまわりをガーンと描きたいという衝動だったんだよ。ところが描き進めていくウチにもっとバランスをとらなきゃ、もっとうまくまとめなきゃという気持ちが出てきて、ここまでしっかりと描き込んでしまったんだな。。
 

ひまわりを中心に、色んな花がバランスよく取り囲んでいるもんね。画面の真ん中におさまりよく描かれているし。ひまわりをうまく描きたかったのね、、、。きっと、とってもまじめでいい子なんだろうなあ〜。

  、、、、世の中には「ああ〜何か描いてないと、何か創ってないとオレ倒れちゃう〜!」みたいな、絵をかいてないとどうなっちゃうんだろうって人が結構いるけどさ、彼女はそういうタイプじゃない。
  春菜ちゃんは絵なんか描かなくてものびのびと生きていけるよ。本人のコメントの、水泳選手になりたいというのもよく分かる。春菜ちゃんは、おいしいものを食べて感動したり、ボーイフレンドを作ったり、きれいな花を見てきれいだと感じたりできる人。
  なにもアートの世界にどっぷりハマって、社会性を失う人生を送る必要はないもんな。アート(絵とか写真とか)は人間が生きていくためには必要なんだ、みたいな考えもあるじゃん?わかるんだけどさ、世の中で一番役に立っている写真はレストランのメニューについている料理の写真だったりする(笑)。アートだなんだと言う前に、メッセージをちゃんと受け手に伝えるというのが写真なんだからさ。
  海外旅行や、エスニック料理を頼むときにメニューに写真があるとうれしいよね〜。
  この絵は、この子自身なんだよ。彼女が自分をとりまく環境とちゃんとつきあえている事がよくわかる。それを絵にする社会性と技術がある。、、、オレより断然オトナだよ〜(笑)。
  これから成長していくときに春菜ちゃんにも当然、色んな事がおこるよね。自分の中にモヤモヤしたものが生まれてきたり。そんな時に絵を描くってことがバランスをとるための選択肢のひとつにあるってことを覚えておいて欲しい。
  自分を客観的にみなきゃいけない年齢になったときに日記つけちゃうみたいなもんだな。自分に色んな可能性があることを小さいうちから知っておくのは大事なことだよね。
  年齢を重ねていくと絵を描く機会も少なくなっていくと思うけど、思春期や自分にまよいが生まれた時には、花を描くってのはどうかな。モヤモヤっとしたらね、花を描くの。そうやってバランスとれるから、絵をかいたり何かを創ったりの選択や技術があるのもわるくないんだよね。
■今月のまとめの言葉■
  まつい:困ったときには花をかけ!
町田:それでもダメならトリミング!!
 

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